No. 23 支部企画:関東支部 (2009年09月10日)
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★支部企画コーナー No. 23 関東支部
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☆British summerと教育事情 - 英国の大学進学の現状 -
森田 彰 (早稲田大学)
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前回は、英国の小学校外国語教育の現状について、簡単にご報告しましたが、9月に Oxfordを離れ、Cambridge にやってきたばかりで、かつ英国も長い夏休み期間でしたので、今回は、外国語教育を離れ、教育分野での夏の大行事にまつわる事々についてご報告したいと思います。
英国の夏は、日本に比べ、気温も湿度も低く過ごしやすい夏です。より正確に言うと、英国の夏は、日本の夏とは全く違ったもので、Oxbridge でも、4月の後半から9月の終わりくらいまで、同じような雰囲気で、むしろあまり季節感がない、と言ってよいでしょう。そんな英国の夏ですが、中等教育を終了しようとする若者にとって8月はやはり、人生の大きな区切りとなるひと月になります。それは、GCSE (General Certificate of Secondary Education) と A-Level(General Certificate of Education, Advanced Level) の成績発表がこの季節に行われるからです。GCSE は、義務教育終了試験で、普通16歳で受験し、必修・選択の科目があります。これに対して、その後に受ける A-Levelは、事実上の大学入学試験で、選択し受験する科目の数は減りますが、より高度な思考力が求められます。所謂有名校では、GCSE は最高のA評価を受けるのが当たり前で、A-Level でどれだけ良い結果を出すかに精力が注がれます。
義務教育終了の基礎的能力を問う GCSE と、その後の高等教育への適正を測る A-Levelという違いは大きなものですが、この2つの試験には、導入以来の共通点があります。それは、どちらとも、学生・生徒の試験結果が良くなっている、ということです。その理由は、様々に説明されています。ごく単純で、かつあらまほしき理由が「学生・生徒の学力向上」、そして更に嬉しいことには、「教師の教授技能・能力の向上」も理由として挙げられています。
英国と日本の大学進学率は、それほど変わりませんから、大学生の学力低下が叫ばれて久しい日本とは、何という違いでしょう。もちろん、こうした optimistic とも言えるものだけではなく、試験の washback、試験対策の強化、試験問題のパターン化や難易度の低下も指摘されています。このため、Oxford や Cambridge などの有力校では、多くの学生が同じ成績を携えて応募するため、学生の選抜が困難になってきている、と言われ、A-Level の評価基準を増やすことが検討されています。
ところが、今年の英国では、A-Level を受け、大学入学資格を得ても、6万から4万人の学生が大学に入学できないだろう、と言われています。景気後退を受け、自己投資のため大学への進学を希望する者が増え、大学の定員が、これを下回っているためです。これも、大学全入時代が叫ばれる日本の現状とは違っています。志望校に受け入れられなかった学生は、専門の機関を通じて、まだ空きのある大学に再応募することになるのですが、今年はこれがかなり厳しいようです。
入学後も、彼らには試練が待っています。英国は今、言わば大学授業料の段階的自由化に入っていて、大学教育に掛かる費用が増えてきています。昨今は、日本と同じように、親掛かりの学生も増えましたが、英国の場合、大学生が教育ローンを借り、それを保護者が保証します。この学生の負債が、卒業までに2万5千ポンドを超えようとしています。そして、これが更に膨らむだろう、と予測されています。昨年までは、景気も良かった(pound 高で、大変でした)ので、生涯賃金を比較すると、大学での数年間は、マイナスではないか、などという発言も聞かれましたが、不景気になっても、支出の増大は続くようです。
そうした、高等教育に関する話題の中で、私が特に注目しているのは、高等教育において、女性が進学率、成績ともに、男性を(大きく)上回っていることです。The Higher EducationPolicy Institute の報告によると、2008年の段階で、女性の 49.2%が大学に進学し、男性の37.8%を大きく上回っています。この女性優位は、ほとんどのタイプの高等教育機関(日本で言う、大学レベル)で同じで、唯一の例外は、男女比が拮抗する Oxford とCambridge だけです。また、上位の成績をとる者の比率も、女性が 63.9% なのに対し、59.9% に留まっています。当然、GCSE 前後の16歳での就学率も男性 72% に対し、女性は 82% です。
英国は、日本とは異なり、階級社会です。あるフランス人は「フランスも確かに階級社会だが、英国では、それが目に見える。」と言っていました。それが、現実なのでしょう。かつては、所謂身分であり、血統、出自で階級が形成されて来ましたが、現在では、教育・職業・収入等によって決められていきます。そうした中で、ほぼ半数の女性が高等教育を受け、より広範囲に、そしてより活発に社会活動を行うことによって、遠くない将来に、英国の階級のあり方が大きく変化するかも知れません。「教育は、自由への道である。」と言う言葉がありましたが、教育の隆盛は、社会に変化と活力をもたらすものだ、ということが、ここ英国で確信されます。
<参考サイト>
The Higher Education Policy Institute のサイトに報告が掲載されています。
http://www.hepi.ac.uk/
今年の GCSE と A-Level の結果に関する The Times の記事です。 (2009年9月5日)
http://www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/education/a_level_gcse_results
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☆British summerと教育事情 - 英国の大学進学の現状 -
森田 彰 (早稲田大学)
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前回は、英国の小学校外国語教育の現状について、簡単にご報告しましたが、9月に Oxfordを離れ、Cambridge にやってきたばかりで、かつ英国も長い夏休み期間でしたので、今回は、外国語教育を離れ、教育分野での夏の大行事にまつわる事々についてご報告したいと思います。
英国の夏は、日本に比べ、気温も湿度も低く過ごしやすい夏です。より正確に言うと、英国の夏は、日本の夏とは全く違ったもので、Oxbridge でも、4月の後半から9月の終わりくらいまで、同じような雰囲気で、むしろあまり季節感がない、と言ってよいでしょう。そんな英国の夏ですが、中等教育を終了しようとする若者にとって8月はやはり、人生の大きな区切りとなるひと月になります。それは、GCSE (General Certificate of Secondary Education) と A-Level(General Certificate of Education, Advanced Level) の成績発表がこの季節に行われるからです。GCSE は、義務教育終了試験で、普通16歳で受験し、必修・選択の科目があります。これに対して、その後に受ける A-Levelは、事実上の大学入学試験で、選択し受験する科目の数は減りますが、より高度な思考力が求められます。所謂有名校では、GCSE は最高のA評価を受けるのが当たり前で、A-Level でどれだけ良い結果を出すかに精力が注がれます。
義務教育終了の基礎的能力を問う GCSE と、その後の高等教育への適正を測る A-Levelという違いは大きなものですが、この2つの試験には、導入以来の共通点があります。それは、どちらとも、学生・生徒の試験結果が良くなっている、ということです。その理由は、様々に説明されています。ごく単純で、かつあらまほしき理由が「学生・生徒の学力向上」、そして更に嬉しいことには、「教師の教授技能・能力の向上」も理由として挙げられています。
英国と日本の大学進学率は、それほど変わりませんから、大学生の学力低下が叫ばれて久しい日本とは、何という違いでしょう。もちろん、こうした optimistic とも言えるものだけではなく、試験の washback、試験対策の強化、試験問題のパターン化や難易度の低下も指摘されています。このため、Oxford や Cambridge などの有力校では、多くの学生が同じ成績を携えて応募するため、学生の選抜が困難になってきている、と言われ、A-Level の評価基準を増やすことが検討されています。
ところが、今年の英国では、A-Level を受け、大学入学資格を得ても、6万から4万人の学生が大学に入学できないだろう、と言われています。景気後退を受け、自己投資のため大学への進学を希望する者が増え、大学の定員が、これを下回っているためです。これも、大学全入時代が叫ばれる日本の現状とは違っています。志望校に受け入れられなかった学生は、専門の機関を通じて、まだ空きのある大学に再応募することになるのですが、今年はこれがかなり厳しいようです。
入学後も、彼らには試練が待っています。英国は今、言わば大学授業料の段階的自由化に入っていて、大学教育に掛かる費用が増えてきています。昨今は、日本と同じように、親掛かりの学生も増えましたが、英国の場合、大学生が教育ローンを借り、それを保護者が保証します。この学生の負債が、卒業までに2万5千ポンドを超えようとしています。そして、これが更に膨らむだろう、と予測されています。昨年までは、景気も良かった(pound 高で、大変でした)ので、生涯賃金を比較すると、大学での数年間は、マイナスではないか、などという発言も聞かれましたが、不景気になっても、支出の増大は続くようです。
そうした、高等教育に関する話題の中で、私が特に注目しているのは、高等教育において、女性が進学率、成績ともに、男性を(大きく)上回っていることです。The Higher EducationPolicy Institute の報告によると、2008年の段階で、女性の 49.2%が大学に進学し、男性の37.8%を大きく上回っています。この女性優位は、ほとんどのタイプの高等教育機関(日本で言う、大学レベル)で同じで、唯一の例外は、男女比が拮抗する Oxford とCambridge だけです。また、上位の成績をとる者の比率も、女性が 63.9% なのに対し、59.9% に留まっています。当然、GCSE 前後の16歳での就学率も男性 72% に対し、女性は 82% です。
英国は、日本とは異なり、階級社会です。あるフランス人は「フランスも確かに階級社会だが、英国では、それが目に見える。」と言っていました。それが、現実なのでしょう。かつては、所謂身分であり、血統、出自で階級が形成されて来ましたが、現在では、教育・職業・収入等によって決められていきます。そうした中で、ほぼ半数の女性が高等教育を受け、より広範囲に、そしてより活発に社会活動を行うことによって、遠くない将来に、英国の階級のあり方が大きく変化するかも知れません。「教育は、自由への道である。」と言う言葉がありましたが、教育の隆盛は、社会に変化と活力をもたらすものだ、ということが、ここ英国で確信されます。
<参考サイト>
The Higher Education Policy Institute のサイトに報告が掲載されています。
http://www.hepi.ac.uk/
今年の GCSE と A-Level の結果に関する The Times の記事です。 (2009年9月5日)
http://www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/education/a_level_gcse_results