日本ではすべての子供に英語を教える理由として「グローバル化の急速な進展」がよく挙げられてきた。確かに、第2次世界大戦以降、人、モノ、情報などの国際的交流が活発になり、国境の意味が薄れた。そのため、国際語になりつつあった英語を「グローバル言語」として学ぶ意義があった。
しかし、2016年ごろ以降、英国の欧州連合離脱、米国におけるトランプ政権の誕生、中国におけるインターネット検閲の強化、コロナ下の国際移動制限、ウクライナ戦争の勃発とロシアへの厳しい制裁などで、グローバル化が「進展」しているとは言えなくなった。
同時に、言語の利用場面も変化している。従来、多くの人は日常的に、同じ場所、同じ地域、同じ国にいる人とコミュニケーションしてきたので、言語は特定の国や地域に根付くものとみなされてきた。しかし、主にオンラインで活動する人が増えたことにより、場所に依存しないコミュニケーションも増えている。SNS、オンラインゲーム、普及し始めたメタバースなどで使われる言語は、当分の間は従来の言語に基づくが、速いペースでそれぞれのオンラインコミュニティーに特化した言語に発展すると予想される。
そして、機械翻訳や言語モデルの進歩で示されたように、コンピューターがある程度人間のように言語を扱えるようになった。これからはさらに人間らしくなるだろう。我々自然人間にとっては外国語の学習は依然として難しいので、外国語の運用はAIに任せればいいと考える人が増えている。
この言語環境の激変に、日本の英語教育がどのように対応すべきかについての簡単な解答はないが、対応の方法については真剣に考えなければならない。この講演で皆さんと一緒に考え始めたいと思う。
1957年、米国に生まれる。カリフォルニア大学サンタバーバラ校言語学専攻卒業後、シカゴ大学大学院で言語学と数学の両修士課程を修了。1983年の来日後、日本語の勉強を始める。1986年から2005年までは和英翻訳、英文コピーライティング、辞書編集などを本業にする。
著書は『英語のあや』『英語のアポリア』など。訳書は『名随筆で学ぶ英語表現 寺田寅彦 in English』など。主な辞書は『研究社新和英大辞典』『研究社英語の数量表現辞典』など。
論文は「Which Languages to Teach: The Classical-Modern Debate and the Future of English Education」「機械翻訳が日本の英語教育に与える影響」「Ethics and Language Education」など。
2005年以降は東京大学の常勤教員。現在は、大学院総合文化研究科・教養学部教授。ウェブサイトはgally.net。