人工知能技術の発展はその「道具」としての使用のみが私たち人間の言語学習に変容を与えるのではない。私たちの言語が持つ意味とは何なのか、言語の学習がどのように進むのか、言語とはいかなるものであるのかということに関しても新たなる視点を提供してくれる。講演者は実世界の感覚運動情報に基づき、発達的に学習し、概念や語彙を獲得する人工知能を構成することで、人間の知能の構成に迫る記号創発ロボティクスという分野を開拓し、牽引してきた[1,2]。知能を人工的に構成することによって、自然の知能(人間の知能)を理解しようというアプローチは構成論的アプローチと呼ばれるが、記号創発ロボティクスは人間の認知を、もしくは心を理解するための研究としても位置づけられる[3,4]。旧来の言語学は統語論をその中心に置きすぎることによって、実世界適応のために進化してきた言語という側面を軽視してきたように思われる。ロボティクスと言語学の交差点は、実世界の中での「言葉の意味」を学術活動の中で新たに定位することを可能にする[5,6]。本講演では記号創発ロボティクスについて概説し、及び、その背景に存在する、言語の「意味」を理解するためのシステム論である記号創発システムに言及しつつ、一部、現在の人工知能技術の限界や展開に触れながら[7]、実世界人工知能の構成という視点から見えてくる、言語観を共有することを目指す。
[1] 谷口忠大, 記号創発ロボティクス ―知能のメカニズム入門, 講談社, 2014
[2] Tadahiro Taniguchi, Takayuki Nagai, Tomoaki Nakamura, Naoto Iwahashi, Tetsuya Ogata, and Hideki Asoh, Symbol Emergence in Robotics: A Survey, Advanced Robotics, 30(-), pp.(11-12)706-728, 2016. DOI:10.1080/01691864.2016.1164622
[3] 谷口忠大, 心を知るための人工知能: 認知科学としての記号創発ロボティクス (越境する認知科学), 共立出版, 2020
[4] Tadahiro Taniguchi, Emre Ugur, Matej Hoffmann, Lorenzo Jamone, Takayuki Nagai, Benjamin Rosman, Toshihiko Matsuka, Naoto Iwahashi, Erhan Oztop, Justus Piater, Florentin Wörgötter, Symbol Emergence in Cognitive Developmental Systems: A Survey, IEEE Transactions on Cognitive and Developmental Systems, 11(4), pp.494-516, 2018. DOI: 10.1109/TCDS.2018.2867772
[5] 谷口忠大, 「言葉の意味」と記号創発ロボティクス, 岩波書店, 2021 9, 848-850, 岩波『科学』2021年9月号「これからの科学のために」
[6] T. Taniguchi, D. Mochihashi, T. Nagai, S. Uchida, N. Inoue, I. Kobayashi, T. Nakamura, Y. Hagiwara, N. Iwahashi & T. Inamura, Survey on frontiers of language and robotics, Advanced Robotics, 33(15-16), 700-730, 2019. DOI: 10.1080/01691864.2019.1632223
[7] 谷口忠大, 僕とアリスの夏物語 人工知能の、その先へ, 岩波書店, 2022
2006 年京都大学工学研究科博士課程修了、博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、立命館大学助教、准教授を経て、2017年4月より立命館大学情報理工学部教授。
人間の言語的・記号的コミュニケーションを支えるシステム概念として、記号創発システムを提唱。記号創発ロボティクスの分野を開拓する。
ロボットや人工知能の構成を通じた人間の認知やコミュニケーションの構成論的理解を進める。また、本をゲーム形式で紹介しあう「ビブリオバトル」の考案者であり、コミュニケーションの場のメカニズムデザインも推進。
近著に『イラストで学ぶ人工知能概論』(講談社)、『コミュニケーション場のメカニズムデザイン』(共著・慶應義塾大学出版会)、『僕とアリスの夏物語
人工知能の,その先へ』(岩波書店) 。